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⑤心をととのえるということ



前回は、身体をととのえるということについてヨガの理論をもとに書きました。

わたしたち人間を構成しているものには、身体の次に心があります。


2回目のコラムでもご紹介したように、ヨガのテキストとも言える“ヨーガスートラ”という古典のなかでは第二節目に、

「心の作用を死滅することがヨーガである」

と書かれているほど、心についてたくさん解説されています。



まず、心の特性は「あちこちさまようものである」と書かれています。


ヨガのクラスを開いているとよく生徒さんから「なかなか集中できない」「瞑想しようとしても色々考えてしまう、ヨガにむいていないのでしょうか?」などの質問をいただくことがありますが、集中できないからヨガに向いていない、なんてことは古典には書いてありません。


むしろ、心はさまようものであるから心があちこちに勝手に行ってしまわないように練習しましょう、その練習の方法がありますよ!というのがヨガの実践です。


ですので、集中できないこと、起きる出来事に左右されて乱れてしまうこと、色々考えてしまうこと、は人間の心の特性として当然のことなのです。


その前提で、「でもなるべくそうならないようにはどうしたらいいかな」を実践するのです。


がんをはじめとした病気に直面しているときはどうしても、心が乱れたり感情が揺れるような出来事やシチュエーションが起きます。

告知を受けるときも、治療を選んだりすすめたりするときも。

様々な段階で心が乱れがちになりますが、そのときに「心があちこちに勝手に行ってしまわない方法」をすこしでも知っていたら、役に立つのではないかとわたしは考えています。



心の乱れのメカニズムに対する対処方法


ヨーガスートラのなかで心についての解説はたくさんありますが、いくつかをピックアップします。


【ヨーガスートラ 第1章 30節~32節】

30:病気、無気力、猜疑、散漫、怠惰、好色、妄見、不動の境地に至り得ない状態、獲得した地歩からの滑落ーこれらの心の散動が、その障害である。

31:心の散動に随伴して起きるものに、苦悩、失意、身体の震え、乱れた呼吸がある。

32:一つの対象に集中して修練を行う(あるいは、一つの技術を用いる)ことが、障害とその付随物を防ぐ最良の方法である。


ここでは30節を取り上げますが、そのまえ(29節)までで「ヨガの修練の障害となるものはなにか」について語られています。

ヨガの修練の障害、といいますが、「生きることのすべてがヨガ」であるとするならば、ヨガの修練の障害=人生をすすめるにあたっての障害、という解釈ができるのではないでしょうか。


その続きにある30節で上記のとおりのものが心の散動(乱れた動き)を引き起こして、それが障害になる、と説いています。


病気になると、ひとはどうしても無気力になりがちです。

元気が出ない、という言葉がすべてでありますが、動くことが億劫になったり何もやりたくなくなったり。


そうなると、何かを正面から考えたり理解しようとすることができなくなるので(だって無気力で面倒くさくなってしまうから!)、物事を疑うようになる(猜疑)。


そうして様々なことを疑うようなると、色々なことが気になって注意が散漫になり、色々気になったり散漫になってくるとだんだん、すべてのことが面倒くさくなってきて怠惰になります。


怠惰になると、何かをちゃんと選ぶことが面倒になり、簡単に楽な方に流されやすくなるので、だんだん享楽に流されてゆきます(好色)よ…。と説いています。そうして心が乱れてゆく(散動)ことは、ヨガに修練=人生をすすめること、の障害になりますよ。と説いているのです。


なんだか心当たりがあるような、わかる気がしますね。笑


また、「獲得した地歩からの滑落」つまり、これまで築いてきた自分の地位やステイタスから落ちるような感覚になるときも心が乱れ、それがヨガの修練(=人生をすすめること)の障害になるのです。

病気のときにまさしく感じることがこれではないでしょうか。


病気になって、身体が思うように動かせない、あるいは治療や通院の必要があるとなると、

これまでしてきた仕事が続けられなくなってしまうのではないか?

自分のキャリアを伸ばせなくなってしまうのでないか?

これまでと同じ生活はできなくなるのかな?

という心配や悩みをまず感じるひとが多いです。それはまさしくヨーガスートラでいうところの「獲得した地歩からの滑落」を感じる出来事。これによって、心が乱れがちですよ、そしてその乱れが障害になりますよ。ということです。


だからといって、それがダメだ!ということではありません。ダメなのではなくて、人間はそういう特性である、ということです。特性を知ったうえで対応してゆけばいいだけです。


そして31節で、そのような心の散動(乱れ)によって、苦悩や失意や身体の震えや呼吸の乱れが起きやすいですよ、と書いています。


まさしくそのとおりで、30節であげられているような心が散動する(乱れる)ことが起きると、そのまま深く悩んだり、失意の底に落ちたりしてしまいがちです。また、呼吸が乱れるようなこともありますね。すごく悲しかったり悩んだりして泣いてしまったとき、あるいはものすごく怒ったときに、穏やかな呼吸を保っているひとはあまりいません。呼吸が浅くなったり不規則になるひとが多いでしょう。



30節と31節でこのように解説される心の乱れのメカニズムに対する対処方法として、32節で「一つの対象に集中して修練を行うことが最良の方法です」と説いています。


ここでは、◯◯のポーズの練習をしなさい、や、このマントラを唱えなさい、とは書いていません。

「一つの対象に集中して修練を行うことが最良の方法」としか書いてありません。

ですので、それぞれの好みや特性に合わせて、没頭できるなにかを選んでそれに集中すれば良いのです。

お料理は好きなひとはお料理でも良いでしょう。絵を描くことが好きならそれでも良いでしょう。お掃除でも写経でも音楽でも、もちろんポーズの練習でもマントラを唱えることでも…対象が何れであれ、集中してその修練を行うこと。

そう集中している間は心がどこかへ行くことなく、その対象に結びつけた状態でいられるので、乱れなくなってゆくということです。





人生を健やかにすすめてゆく一番のコツ


そしてヨーガスートラの第二章では、その集中と瞑想について説かれています。

ヨガの八支則(アシュタンガ)でいうところの6~8段階目、精神的実践についての項目です。

この第二章のなかで、心がひとつの対象に集中した状態(6段階目のダーラナ)が絶え間なく続いてゆくことが瞑想(7段階目のディヤーナ)である、と書かれています。


こう書かれてあるとおり瞑想というのは、静かな場所に坐って座禅を組むあの形、形式のことを指すのではありません。あれは瞑想するときの形のひとつであって、その形そのものが瞑想ではないのです。


瞑想とは、心が勝手にあちこちに行かずひとつの場所に縛られている状態が流れるように続いている、その状態のことを瞑想といいます。

ですので、瞑想をしたから(あの座禅のような形で坐ったから)心が楽になる、障害なく人生をすすめてゆけるようになる、ということではないのです。

大切なのはその前の段階。「心をひとつの対象に集中した状態にする」こと(その集中状態が続いてゆくと、それは勝手に瞑想という状態になってゆくだけですから)。


ひとつの対象に集中した状態にすると、心が勝手にあちこちに行かなくなるので、ヨガの修練の障害(=人生をすすめるにあたっての障害)を防ぐことができますよ、ということです。


これを知っていたら、心を乱されるような出来事が起きたときの対処方のヒントが見つかると思いませんか?

ーそれは、自分が好きなことに集中すること。


「好きなこと」と限定した表現はヨーガスートラの中ではされていませんが、シンプルに考えて、全く興味がないことや嫌いなことに集中するよりも好きなことに集中するほうが取り組みやすいでしょうし、なにより快適です。

不快な状態でなにかに集中するよりも、快適な状態のほうが集中していやすいでしょう。


病気のときに、治療や身体や病気そのもののことばかり考えてしまうとどんどんと気持ちも滅入ってきます。

そうやって心が乱れてゆくことを防ぐために、自分が好きなことに目を向けてそっちに集中する時間を設けてみたら良いのです。

そして好きなことに集中して、心が乱れなくなったりすこし安定を取り戻したときに、それから改めて現状の治療や身体に目を向ければ良いのです。


心が乱れた状態で現状に向き合う場合と安定した気持ちで現状に向き合う場合とでは、考え方や選択が異なってくることでしょう。その安定した気持ちで自分にとっての最善の選択をしてゆくこと、それが病気のときに大切なことだとわたしは考えています。


あまり乱されることのない安定した気持ちで過ごす、そしてその状態で目の前の出来事にたいしてできる自分のとっての最善を選んでゆくということは、病気のときや健康なときもいずれのときでも、人生を健やかにすすめてゆく一番のコツなのです。


~第6回「ヨガの恩恵~「わたし」とともにあること」に続く~




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